占星術占いの起源は古代メソポタミア

 

占星術という占いに一番関係があるのが天文学です。天文学、数学、医学に関しては、古代メソポタミアにまで遡ります。それだけ、人々の生活に密着していたということです。天文学が何故発達したかというと、一つは暦です。もう一つが、占星術です。

占星術の起源は、古代メソポタミアと言われています。元々、長い天文観測をした記録が残っており、それは天文前兆占という占いのために観測がされていました。古代メソポタミアは、前兆占いが盛んで、あらゆる自然現象を神の意思の現れだと考えていました。例えば、水の上に油を垂らすと油がどのように広がっていくか、動物の肝臓を取り出して、その色・形を見るなどをして、神の意思を知るために占いが行われていました。

実は、古代エジプトには占星術はありません。ヘレニズムの時代になってようやくギリシャから伝わります。古代エジプトでは、王であるファラオが神でもあったので、神の意思を聞く必要がなかったのです。ファラオに直接聞けばよかったので、古代エジプトでは占星術がなかったという訳です。では何故、ギリシャから占星術が伝わったのかというと、それだけギリシャが不安な世の中だったからです。チグリス・ユーフラテス川が氾濫したり、干ばつがあったりと、自然現象に左右されていたので、神の意思を知ろうとしたのです。当時の人々は、神が気分を害して自然災害を起こしたと考えていました。神の機嫌を取るための儀式を行うために、不吉な前兆を早く予知する必要がありました。

特に、月食・日蝕といった現象は、不吉とされていましたから、予め知っておく必要があったのです。できるだけ早く予知をして、神の怒りを鎮めるために、天文観測が重要になります。それに対して、占星術は天文、気象現象が原因で、地上のできごとが結果となります。占星術が誕生したのは、紀元前5世紀です。そのきっかけとなったのが、黄道十二宮です。太陽の通り道である黄道を三十度ずつに区切って十二等分にして、天体の位置を数字で表すようになったのです。現在の占星術では、〇〇座と表記されていますが、正確には〇〇宮というのが正しいのです。また、生まれた月と日によって星座が決められるようになったのは、20世紀に入ってからです。元々は、生まれた時に東の地平線に黄道線が上ってきた上昇宮となるのですが、正確に調べるには惑星の運航表を調べるなどの天文計算が必要となり、非常に難しいのです。1920年代にイギリスの占星術師が、一般の人に分かりやすくするために、生まれた月と日で星座が分かるように紹介したのが現在の占星術です。

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